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高松高等裁判所 昭和28年(ネ)368号 判決

第三六七号控訴人 市川守数 外三名

第三六八号控訴人 安部織太郎 外二名

第三六七号・第三六八号被控訴人・第三六九号控訴人 新田仲太郎

第三六九号 被控訴人 小山健一

主文

(1)、第三六七号事件の各控訴人の控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

(2)、第三六八号事件の控訴人安部重の控訴を棄却する。

原判決中控訴人安部織太郎、渡辺弘に関する部分を取消す。

被控訴人の控訴人安部織太郎、渡辺弘に対する請求を棄却する。

控訴人安部重の控訴費用は同控訴人の負担とし、被控訴人安部織太郎、渡辺弘と被控訴人との間の訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(3)、第三六九号事件の控訴により原判決中被控訴人小山健一に対する請求を棄却した部分及び訴訟費用を控訴人に負担させた部分を取消す。

被控訴人小山健一は安部重と連帯して控訴人新田仲太郎に対し金三十九万七千百八十円及びこれに対する昭和二十六年七月十三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。

被控訴人と控訴人との間の訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

控訴人において金十三万円の担保を供するときは、本判決中被控訴人小山健一に関する部分に限り仮りに執行することができる。

事実

第三六七号第三六八号各控訴代理人は、孰れも原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする旨並びに第三六九号被控訴代理人は控訴を棄却する旨の判決を求め。

第三六七号第三六八号被控訴代理人は、各控訴を棄却する旨並びに第三六九号控訴代理人は原判決中被控訴人小山健一に対する請求を棄却するとの部分及び訴訟費用を控訴人新田仲太郎に負担せしめた部分を取消す、被控訴人小山健一は、第三六八号事件控訴人等連帯し控訴人に対し金三十九万七千百八十円及びこれに対する昭和二十六年七月十三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし、訴訟費は第一、二審とも被控訴人の負担とする旨の判決及び担保を条件とする仮執行の宣言を求めた。

当事者(以下第三六七及び三六八号被控訴人兼第三六九号控訴人を第一審原告と称し、第三六七及び三六八号控訴人並びに第三六九号被控訴人等をそれぞれ第一審被告と称する)双方の主張した事実の関係は、第一審被告等において「久間野良澄は、代表取締役でなく専務取締役である。」又同被告守数外三名において「市川政頼の死亡及びその日時並びに同人と被告等との身分関係、相続等の事実は争がない。」と述べた外孰れも原判決摘示の事実と同じであるから茲にこれを引用する。

〈立証省略〉

理由

昭和二十五年頃訴外明治屋証券株式会社が株式の売買並びに保管等を業としていた株式会社であつて訴外市川政頼が代表取締役及び第一審被告安部織太郎、小山健一、安部重がそれぞれ取締役並びに第一審被告渡辺弘が監査役をしていたことは、当事者間に争いがなく成立に争いのない甲第二、六号の各一、第七、九、十二、十八号証原審における被告岩田章、久間野良澄各本人の供述等によれば訴外久間野良澄が専務取締役、岩田章が常務取締役、河田勝太郎が取締役をしていたことも認められる。

成立に争いのない甲第三号証の一前示甲第十二号証並びに被告岩田本人の供述により成立を認められる甲第十三号証の一乃至五、成立に争いのない乙第六号証、前示被告岩田、久間野各本人の供述原審における第一審原告新田仲太郎本人の供述によれば第一審原告は右訴外会社に対し、昭和二十五年一月二十五日頃日本石油株式会社株式千五百株。同年七月八日頃日新化学株式会社株式百株。同年七月十三日頃東洋レーヨン株式会社株式千五百株。同年九月二十日頃大阪商船株式会社株式二百株。同年九月二十五日頃日本レーヨン株式会社株式千株を、保管のため寄託したことを認められる。ところで右挙示各証拠及び成立に争いのない甲第一、五、七、八、九、十号証第二、六号証の各一当審証人岩田章の証言を綜合すると、昭和二十五年初頃から右訴外会社の経理状態が悪く営業資金にも窮するの状況に立至つたに拘らず他の取締役が放置して顧みないので常務並びに専務取締役たる訴外岩田、久間野等においては訴外会社のため昭和二十五年六月頃前示寄託を受けている日本石油株を第一審原告に無断で他へ担保に提供のうえ金借し訴外会社の営業資金に充てゝいたがその後同年十月十日頃遂に東洋レーヨン株千五百株を代金二十万四千九百円。大阪商船株二百株を代金二万百八十円。日新化学株百株を代金四千九百円。同月十一日頃日本石油株千五百株代金十万七千二百円。同月十六日頃日本レーヨン株千株を代金六万円をもつて孰れも第一審原告に無断で他へ売渡して訴外会社の負債弁済等に充てたことが認められる。第一審被告等が該株式の処分は訴外岩田、久間野等が同人等個人のためにしたものであるかのように抗争し成立に争いのない乙第一号証前示証人岩田の証言及び被告岩田、久間野各本人の各供述により訴外会社が同年八月七日監督官庁に対し休業届を提出したことが認められ又乙第八号証に右休業後の取引は訴外人等個人の売買である旨記載しあるが上記認定の事実並びに成立に争いのない甲第十七号証の一乃至七、乙第七号証原、当審証人松岡義正の各証言前示原告本人の供述を綜合して認められる訴外会社においては、休業届出をしたが休業の名にかくれて依然株式の売買取引等をしていたとの事実に徴し右乙第八号証の記載は信用し難く又休業届出の一事をもつて訴外会社のためにしたものでないとは云えないから右抗争を採用できない。

そうするとこれがため第一審原告においては、前認定寄託株式の所有権を喪いこれが価額たる右代金相当の計金三十九万七千百八十円の損害を破るに至つたと做すべきである。けれども右甲第七、八、九、十号証並びに証人岩田の証言及び被告岩田、久間野各本人の供述における右認定常務並びに専務取締役たる訴外岩田、久間野等において、受寄物たる株式の担保提供乃至売却等処分するにつき、取締役又は監査役たる訴外市川政頼及び第一審被告等が関与し又は相談乃至連絡をし或いは該処分が訴外市川政頼の発意によるものであるかのような部分はたやすく信用し難く第一審原告その余の立証に右処分につき右の者等が関与し又は相談をしたことの認められるものがない、却つて乙第六、七号証によると、訴外会社の経理状態悪しきために常勤者たる前記岩田、久間野等の相談により右の如き処分をするに至つたもので訴外市川政頼及び第一審被告等においては、これに関知していないことを認めることができる。然らば、右訴外人及び第一審被告等においても前記岩田等と共同不法行為者としてその責に任ずべきであるとする第一審原告の主張は失当である。

次に第一審原告は、右訴外会社の取締役、監査役たる訴外市川政頼及び第一審被告等においては第一審原告の被つた右認定の損害につき旧商法第二百六十六条第二項、第二百八十条により連帯して賠償の責に任ずべきであると主張するところ同条は、取締役後又は監査の法令又は定款違反の行為に原因して或る第三者が会社に対し損害賠償債権を有するに至つた場合該第三者が上叙役員に対しても亦直接右の債権を行使することができると云うが如き限局された法意でなく、上叙の役員において、単に善良なる管理者の注意義務を怠る以上に出で法令又は定款に違反する行為をしたため会社財産に欠陥を生ぜしめたときこれ等の者は、会社に対しその損害の賠償をする義務あるは勿論尚この会社財産欠陥のため会社がその債権者に対して完全な弁済することができなくなつたときは、右会社債権者は、当該取締役又は監査役に対し直接にその弁済不足分について賠償請求をすることができると云う趣旨であると解すべきである。

又前認定の訴外明治屋証券株式会社は、前認定の如き業務をすることを目的とするので国民経済の適切なる運営即ち公益及び投資者保護に資するため特別に立法された証券取引法により該業務を営むについて、証券取引委員会備付け原簿に、資本額及び役員の氏名その他所定事項の登録を受けなければならぬし該登録申請には右委員会規則に定める様式により作成した営業用純資本額に関する調書等添付を要するのである、ところで該登録事項に変更を生じたとき又は業態に変更即ち資産の額が右委員会規則で定める金額を下つたとき並びに負債総額のその営業用純資本額に対する比率が右委員会規則に定める率を超えたときは、その旨それぞれ届出でなければならないとするとともに右委員会においても、営業又は資産経理の状態に照らし、その支払能力が薄弱であるか又は薄弱となる虞があるときは、所定手続を経て登録の取消又は期間を定めて営業の停止を命じたり又前示業態変更或いは負債総額のその営業用純資本額に対する比率が前記規則に定める率を超えるに至つたときも所定手続を経て登録の取消をし或いは営業の停止を命じたりしなければならない。斯様に登録取消、営業停止の場合は、従来の取引結了の目的の範囲内において、該結了に要する行為ができるに過ぎない等営業の開始並びに経理状態につき監督を受けかつその結果により登録取消営業停止処分等の措置をもされるのである、だから訴外会社の取締役並びに監査役は、各自普通取締役、監査役の一般任務たる事項以外に右の如き証券取引法の目的趣旨を達するに必要な特殊な事務につき、これが執行及び遵守の責に任じ又その執行監督の責に任じていると云うべきである。しかして第一審原告主張の如く訴外会社の取締役訴外市川政頼及び第一審被告等が只単に株主総会を招集しなかつた、従つて財産目録、貸借対照表その他計算書類につき監査役の意見を求め株主総会の承認を受けるべきことを完全に果していない、のみならず右書類を訴外岩田等の作成するに任かせ何等調査せずそのまゝこれらの書類を本店に備付け又その副本を取引委員会に提出するに至らせた等のことは或いは善良なる管理者たる任務を怠つたと云えるかも知れないが他に不正を企てその他不当の意図のもとに右措置が執られ又は右書類が不真実のものである等の特別なる事情の窺われる資料の存しない本件においては右任務を怠る以上に出で法令又は定款に違背したものと云えない。また仮りにそうでないとしても、それが第一審原告に如何なる関係により本件損害を生ぜしめたかのことを認め得る証拠もないから右事由による主張は失当である。

けれども前示甲第七乃至十及び十二、十八号証成立に争いのない甲第十六号証の一乃至九第十七号証の一乃至八並びに乙第六、七号証郵便局日附印の成立に争いがないのと原審における証人市川辰次郎の証言及び第一審被告市川守数本人の供述とにより成立を認められる乙第五号証の一、二原、当審証人松岡義正(原審第一、二回とも)、市川辰次郎及び前示証人岩田章の各証言、前示岩田、久間野各本人並びに原審における第一審被告本人安部織太郎、安部重(第一、二回とも)、小山健一、渡辺弘及び原、当審における第一審被告市川守数各本人の供述を綜合すれば、前示訴外明治屋証券株式会社は、元第一審被告安部織太郎が取締役社長として常務取締役岩田、専務取締役久間野等と共に経営に当つていたが昭和二十三年頃から経営振わず経理赤字となるに至り営業資金を得る必要上昭和二十四年十月頃訴外市川政頼が新たに取締役社長に就任し経営に当るとともに同人等において金六十万円を出資し資本金を百万円に増資したが依然経理状態悪しく右訴外人において更に金六十万円を融資したるも及ばず赤字増加の状態を脱することができなかつたしこれがため同二十五年一、二月には監督官庁の補助機関たる松山財務部より不良なる営業用資産状態改善のため増資の勧告等をされるに至つた、それでその後社長訴外市川、常務岩田、専務久間野の外経理事務担当者被告安部重並びに被告小山健一等の各取締役においては、度々これが対策を協議し更らに又社長市川に対し金六十万円の融通を請いもつて営業の継続を図ろうとしているうち多額の赤字を増加するに至つた、だから右取締役等においては、斯る実情に鑑み前記法規に従い業態変更に関する届出をしかつ営業を廃止又は停止するは勿論それによる資産の散逸を防止、保全するに足る具体的措置をする等投資者の保護を図らなければならないに拘らず何等それ等に関する適切なる措置を執らない、ばかりでなく被告安部重は同年六月頃から出社しなくなり被告小山も同年七月頃融通を受けるに必要な協力を拒むとともに取締役辞任の届書を差出して顧みなくなり、続いて社長市川においても亦放置するに至つたため残された前記岩田、久間野等において同年八月七日前指示財務部の指示により遂いに営業を休業する旨の届出をしたが依然会社業務を続けその間前認定のように第一審原告預託の株式をも処分するに至り同人に損害を被らしめたことを認めることができる、この認定に副わない前示各証人の証言部分及び各被告本人の供述部分は、信用し難く、しかも前示各証拠により被告安部織太郎は、右認定の如く新たに出資し経営に当ることゝなつた訴外市川と社長を交替して経営面から退いたしその後会社に出向かず又会社から何等の通知を受けたことがないのを窺知できる、又被告渡辺弘も従前から会社に出向かず又会社から何等の通知を受けたことがないことを窺知できる、のみならず他に特別な事情も認められないから同被告等は前認定の如き会社の営業及び経理状況を知らなかつたものと做すべく、従つて取締役、監査役として前記証券取引法による適切なる措置をなし得ないのを普通とする状況のものである、だからその間に或いは善良なる管理者としての任務を怠つたと云われることとなるかも知れないがそれ以上に出で法令、定款違反の行為をしたものと云えない。しかし訴外市川政頼及び第一審被告安部重、小山健一には前認定の如き特別なる法令違背の所為があつたからそのため訴外岩田等においても認定の如き所為をするに至つたものでその間原因結果の関連があるから右等のものは孰れも旧商法第二百六十六条第二項に所謂「その取締役」と云うに該るし認定の如く一旦責任原因を生じた後取締役辞任の意思表示をしたとしても、該原因より生ずるに至つた損害につき責を免かれるべきでないから右被告等の取締役辞任により賠償の責がないとは云えないので被告等の抗争も理由がない。

然るところ訴外市川政頼が昭和二十五年十二月十三日死亡しその妻たる第一審被告恵美子、嫡出子たる同被告守数及び須摩子並びに非嫡出子たる同被告ルリ子等において遺産相続をしたことは同被告等において争はないところである。

そうすると第一審被告安部重、小山健一等は訴外市川並びに同岩田、久間野と連帯して第一審原告に対しその損害金三十九万七千百八十円の賠償をすべきであり、しかして訴外市川の遺産相続人たる第一審被告恵美子においては金十三万二千三百九十三円三十三銭(銭位以下切拾以下同じ)、同被告守数及び須摩子においては、各金十万五千九百十四円六十六銭、同被告ルリ子においては金五万二千九百五十七円三十三銭を支払わねばならぬ計算となるので右被告等は該金員並びに右連帯債務者の一人に対し本件の訴状が送達された翌日であること記録に徴し明らかな昭和二十六年七月十三日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべきであるが第一審被告安部織太郎、渡辺弘には賠償の義務がない、だから第一審原告の請求中右被告安部重並びに守数等四名に対するものを認容した原判決は相当であるが同被告小山健一に対するものを棄却し、又同被告安部織太郎、渡辺弘に対するものを認容した原判決は不当である。

よつて第三六七号事件の各控訴人並びに第三六八号事件の控訴人安部重の控訴を棄却し及び第三六八号事件その余の控訴人関係における原判決を取消して被控訴人のこれが請求を棄却し、又第三六九号事件につき被控訴人小山健一に関する原判決を取消し控訴人のこれが請求を認容するものとし、民事訴訟法第九十五条第九十六条第八十九条に則り訴訟費用の負担を定め同法第百九十六条により仮執行の宣言するものとしよつて主文のとおり判決する。

(裁判官 前田寛 太田元 岩口守夫)

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